概要

海岸線に点在するヤード民族がヤード帝国より自主独立を果たした国家、プロコヴィッチ率いる「南ヤード民族解放戦線」が独立運動の指導的立場を取り結果事実上の国家=党となりうる独裁国家が誕生した。

国名

国号のプロニは海岸線を意味するヤード語から来ている。

政治

南ヤード民族解放戦線が所属する「ヤード人平和連合」が形式上の連合政党として機能していると言われているが、事実上南ヤード民族解放戦線が連合政党の支配政党として君臨し、他の加入政党は軒並み翼賛政党となり、独裁を許した。
共和制・社会主義・計画経済・一党独裁の否定をスローガンとし最高評議会が国権の最高機関として機能する。その長である最高評議会議長が国家元首として位置づけられている。

国際関係

地理

歴史

ヤード帝国の領邦であった海岸線公国の君主メニショロヴィッチ公爵は、帝国随従、金銀の採掘権の帝国本国に送り出す等の領民を蔑ろにする政治を行った。これに怒った現地ヤード人は自らを南ヤード人と名乗り更にアイデンディティを海岸線、メトラ教を主軸としナショナリズムを向上させた。
更にモーリスベリヤ主義の国内の蔓延を受けミロシェヴィッチ率いる南ヤード共産党(後に幅広い階級との連帯を訴え南ヤード民族解放戦線と組織を発展的解消する)

経済

国民

南ヤード人は一時期メトラ教の帝国に支配下に置かれていた。その際皇帝はパロン正教徒に対し税の支払いを撤回する代わりにメトラ教に改宗することを迫った。だが迫ったといっても簡単な布教程度であったがパロン教国圏の支援が来なかった怒りと徴兵義務と税の徴収無しが大きい打撃となりこの一帯の南ヤード人の大改宗がおき数百年がたち現在のヤード帝国の領邦になったのち大きな騒動となった。

文化

国民の六割がメトラ教徒である。ただ戒律に縛られることなく熱心な信仰者を除けば世俗的な生活を謳歌している。


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Last-modified: 2017-08-21 (月) 18:31:12 (186d)